毎日発酵生活~暑い!!とにかく爽やかなものが欲しい!

フルーツヴィネガー フルーツビネガー 果実酢 発酵 札幌 土方夕暉

毎日毎日30℃超え。異常です。ここ,北海道ですよ。夏は涼しく過ごしやすいはずの北海道です!!

私が小さい頃なんて,ひと夏で30℃超える日が1日あるかないかくらいでしたよ。それが,地球の歴史からしたらこんな短い期間に,30℃超えが普通になるなんて。ここ10年で毎年毎年,暑くなっているのを感じます。恐ろしい。さらに10年先の日本って人住めるのかな。温暖化だけでなくても日本は(世界も)懸念材料は多すぎよね。10年後生きていられないような環境になっていたときに,悔いが残らないように,毎日毎日を大切に過ごそう!やり残しないように。

でもなあ,自分のことだけ考えると,いい年だし,たとえ今死んでも「ああ,いい人生だった!」と思えるからそれでよいとしても,今の子どもたちの未来を考えるとね・・・。子どもを産みたいと思える世の中でないのも確かだしね・・・。ああ,私,年金あたるかなあ(なんだかんだ言って,結局はかなり生き延びようとしている・・・笑)。

暑いと「酸」を求める!!

さて,暑いと,さっぱりしたものを求める。本当に暑いと,アイスクリームでなく,ガリガリ君でしょ!それも定番のソーダ味!

この夏は,フルーツビネガーもたくさんつくったのだけれど,それも甘く感じだしてね,もっと酸味をきかせたものが飲みたくなる。で,最近は,これ!レモンビネガー!!

酢の酢酸×レモンのクエン酸 「Wの酸」で身体も元気になります!!疲れた時にさっぱりと酸味が効いたものや甘いものを求めるのは,「酸(酢酸やクエン酸)」と「糖」の相乗効果で,代謝がUPするから。

 

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レモンビネガー

広島県産のレモンをスライスして冷凍させていたものがあったので,つくりました。冷凍によりレモンの繊維が壊れているので(壊れるというのは悪いことではない),その分,エキスがはやく出てきてくれて完成も早いの。

☆材料☆

レモン2個(240g)

氷砂糖240g

穀物酢240mL

(レモン2個の重さに合わせて氷砂糖と穀物酢も同量にしています)

☆作り方☆

瓶にレモンと氷砂糖を交互に入れて,酢を注ぐだけ。直射日光のあたらない常温に置く。今は,暑いので氷砂糖が溶けやすいため,3日~5日くらいで完成。

完成したら早めにレモンと液体に分けて,冷蔵庫へ。私の場合は,腐敗の判断ができるので,けっこう長期間放置していることは度々ですが・・・。

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炭酸割り

 

夏は,炭酸割が最高です。

私は,炭酸を加える前に,ホワイトラムとベランダのミントをたっぷり入れておいて,レモンモヒートにします!!夏は,爽やかなハーブを求めますよね。我が家のミントは,モヒートのためのモヒートミントです。

レモンを使う場合は,国産ものを使いましょう。輸入もののレモンは,輸送途中でのカビの繁殖をおさえるために,防かび剤が噴霧されます。ですから,皮も使う場合は,これは絶対だめです!!最近では,輸入ものの中にも,防かび剤不使用のものもありますので,確認して購入しましょう。

広島のレモン

今は,広島で有名なものとして,「牡蠣」と同じくらい「レモン」も人気ですよね。でも,それはわりと最近のことなので,広島でのレモン栽培も,わりと歴史的に新しいのだと道産子の私は思っていました。だって私の子ども時代は,輸入物のレモンしか見たことなかったから(北海道ではね)。

広島のレモンは,明治31年に豊田群大長村が和歌山県からネーブルの苗木を購入したときに,紛れこんでいたレモンの苗木3本を試しに植えてみたのがはじまりだったのだそうですね。瀬戸内の気候がレモンの栽培に適していたため,その後,どんどん栽培面積が増えていったそうです。現在では,広島県のレモン収穫量は,全国の50~60%のシェアを誇ります。

今回は,冷凍しておいた広島県産レモンなので,イエローですが,今の時期出回っている広島のレモンは,グリーンレモンが主流ですね。あれは,熟していないから緑なのではなく,緑で正解なのです。そういうレモンです。グリーンレモンでもビネガーつくりたいな。どこで売っているかな。さがしてみようっと。

 

原爆投下の日

76年前の今日,1945年8月6日 午前8時15分。広島に原爆が投下されました。自分は戦争を体験してはいなくても,まだ,祖母などから戦争の話を聞くことができた世代です。教員をしていた自分は,直接生徒にそれを伝える機会がありました。だから自分がきちんと学ばなければという思いは,同世代の人に比べると強く持っていたと思います。九州には何度も行っているので,長崎は原爆資料館や爆心地など度々訪れて心を寄せる機会が多くありました。広島はなかなか行く機会がなかったので,とある年,広島駅で下車して,原爆ドームに行きました。早朝,蝉がよく鳴いている中,ぶらぶらと原爆ドームの周りを散策しました。あの日,あっという間にこの街の様相は変わったのですね。この河に被爆した人々が押し寄せ,地獄絵図のようになったのでしょう。目の前の景色と,あの日の想像の景色を重ねながら,祈りました。あの日の名残は,原爆ドームのみ。後世に伝えていくには人の力が必要ですよね。教員でなくなった今の私に何ができるかな。

本日午前8時15分,広島の空に向かって手を合わせながら,あの日苦しんだ方々の魂に心を寄せました。

広島

広島 原爆ドーム 
若かりし頃,北海道からフェリーとJR青春18切符のみで九州まで行くという一人旅を夏によくやっておりました。ひたすら移動で,北海道から3日かかります。広島は,通過点になっていたのですが,一度は訪れて原爆についてきちんと受け止めたいと思い,とある年,広島駅で下車しました。8月4日撮影。